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最高裁判所第三小法廷 昭和38年(オ)695号 判決

東京都品川区大井出石町五一〇四番地

上告人

矢田樟次

右訴訟代理人弁護士

中条政好

東京都品川区北品川三丁目二六二番地

被上告人

品川税務署長 津賀正二

東京都豊島区池袋二丁目一一四四番地

被上告人

豊島税務署長 伊藤庸治

右当事者間の所得税更正決定並びに滞納処分取消請求事件について、東京高等裁判所が昭和三八年二月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中条政好の上告理由第一点(審理未尽の違法)の一について。

記録を調査するに、原審の昭和三八年一月一六日の口頭弁論において、上告人の訴訟代理人は同附準備書面に基づき陳述しているが、同書面中で引用する第一審の昭和三七年四月二五日附弁論再開申請書においても、論旨のような審査決定の昭年三九年一〇月一三日判決昭和三八年(オ)第六九五号一昭和三九年一〇月一三日判決昭和三八年(オ)第六九五号二瑕疵を理由とする更正処分の違法または無効を主張した事実は認めがたい。従つて、原判決には、所論のような上告人の主張についての判断遺脱は存しないのみならず、審査決定の瑕疵をもつて本件更正処分の瑕疵とする所論は、独自の見解というほかなく、採用のかぎりでない。

同第一点(審理未尽の違法)の二について。

原判決は、所得税法五一条二項(昭和三七年法律第六七号による削除前のもの、以下同じ)による出訴期間の起算の基準を、審査決定に係る通知が請求人の了知しうべき状態に置かれた日と解し、本件においては、東京国税局長の審査決定通知書が書留郵便によつて昭和三六年二月二二日上告人の住所に配達済みである事実を確定し、右配達の日をもつて右決定通知を了知しうべき状態を生じたものと判断したのであつて、上告人の右決定通知書の配達はなかつたものとする主張を否定するとともに、上告人が実際右通知を何時了知したかは、出訴期間の進行には関係がないものとしていることは明らかである。従つて、原判決が、上告人の通知了知の時期いかんにつき、特に判示するところのないのは当然であり、また通知了知の日から出訴期間を算定すべきものとする上告人の主張を排斥していることも、その判文上明白であつて、所論のような審理不尽は存せず、論旨は理由がないものといわなければならない。

同第二点理由不備の一について。

原判決が、所得税法五一条二項所定の出訴期間起算の基準たる「審査の決定に係る通知を受けた日」をもつて右決定通知書が郵便によつて配達された日と解したことは、正当といわなければならない。判決には争点の判断に必要な限度において法律解釈上の見解を示せば足り、そのような解釈をとらなければならない理由ないし他の解釈のとれない理由まで説示することを要するものではない。論旨は採用しがたい。

同第二点(理由不備)の二について。

原判決は、本件更正処分にはこれを無効とするに足りる瑕疵は認めがたく、しかも右処分は出訴期間の経過のため形式的確定力を生じ、右処分の有効なこと、従つてその効果としての租税債権の存在も、もはや否定しえないところと解し、右租税債権の徴収のための滞納処分に対し国税徴収法一六六条及び一六九条(条昭和三七年法律第六七号による削除前のもの)によつて救済を求めるにあたつても、右租税債権の不存在をその理由とすることはできないものと断じ、これを可能とする上告人の主張の失当である旨を判示しているのである。右判示によれば、その判断は正当であり、これに所論のような理由不備は認めがたく、論旨は理由がないものといわなければならない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 石坂修一 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎)

○昭和三八年(オ)第六九五号

上告人 矢田樟次

被上告人 品川税務署長

外一名

上告代理人中条政好の上告理由

第壱点

(審理未尽の違法)の一

一、納税義務は憲法第三十条の定める処による。而租税は同法第八四条により法律及法律の定める条件により賦課徴収されるものである。現行所得税法はまさにこの法律の定めた条件に該当する規定である(租税法定主義)。従つて所得税を賦課し徴収するには現行所得税法の定める要件に従つて行うことを要す。之に反して行つた賦課徴収若くは其の他の処分は無効となり或は有効要件を欠くものとして即ち瑕疵ある処分として当然取消される運命を免れないものとす。

二、処が被上告人品川税務署長は上告人より昭和二十五年十月二十九日本件更正決定について再調査の請求申立てられた。この請求を受けた品川税務署長は法第四八条により決定をなし、理由を附記した書面により上告人に対し通知しなければならない。

三、理由の附記は、更正決定並再調査決定が公正に調査も慎重に行つたことを保障するものである。然るに被上告人品川税務署長は此の保障を避け実態調査を行わず同年十一月二十二日上告人の同意なくして之を東京国税局長に送付してしまつた(法第四九条第四項参照)。

四、此の送付を受けた東京国税局長は実態調査を慎重に行い法第四九条第六項により決定し理由を附した書面により上告人に対し通知するものであるが、此の決定をなすには同条第八項により更に協議団の協議を経なければならない。この協議を経ることは審査決定の絶対要件である。然るに此の協議も経ていない。

五、そこで本件審査決定は実態調査及協議団の協議を経ることの二大要件を欠く決定であり、此の点が明白且重大な瑕疵となる。

何となればこの二大要件は法律により規定されたものであり、審査決定は本件の場合先ず更正決定が公正且慎重に調査を経て行われたこと並妥当であることを保障し併せて審査決定自体が公正且慎重に調査を経て行われたことを上級官庁として保障する関係にあるから、万一、この審査決定が瑕疵に因つて取消され或は無効となれば更正決定はその保障を喪失することになり、当然取消されることになるからである。

以上述べた処は昭和三十八年一月十六日の弁論に於て上告人は昭和三十七年四月二十五ど附準備面に基き簡単ではあつたが力強く主張している。

六、それにも拘わらず原判決はその九行以下に於て、『右賦課処分に重大且明白な瑕疵のあることの主張、立証のない本件では右賦課処分により認定された控訴人の租税債務はもはやこれを争うことはできなくなつたものというべきである』と判示している。

これはまさに上告人の判決に影響を及ぼすべき重要な主張について審理を逸脱したことを暴露するものであり、違法たるや論なし。

(審理未尽の違法)の二

一、上告人において審査決定が昭和二十六年二月二十二日送達済みとなつている由を品川税務署について聞知つた日時が昭和三十六年十一月二十七日である。この日を本件審査請求棄却の決定通知を受けた日と看做し同年十二月四日出訴した次第である。

二、之を被上告人流で説明すると昭和三十六年二月二十二日決定通知が住居に送達されたか否かは知る由もなく知つた日を以つて通知を受けた日と主張するものである。極端に走る説があり之を否認する以上反面に心ず相対的に上告人の救わるべき中間の解釈が生じ、一定の条件のもとに許容さなければならないと思料する。

三、然るに此の点について原審は勿論一審に於いても判断がなされていない。しかも之は判決に影響を及ぼす事実である。原判決は此の点において又審理を尽さざる処に違法があるものと信ずる。

第弐点

(理由の不備)の一

一、原判決文中『東京国税局長の審査の決定書面が書留郵便に付され昭和三十六年二月二十二日控訴人の住居に配達済みであると認めるべきことは上記引用の原判決理由記載の通りであつて右書面が控訴人の住居に配達された以上右診査の決定に係る通知は控訴人の了知し得べき状態に置かれたものというべきであり決定はこのようにこれを受くべき状態に置かれた時に効力を生ずるものと解すべく。右書面が何等かの理由でたまたま控訴人自身の入手するところとならず、ために控訴人において右審査決定のあつたことを知らなかつとしても右通知の効力には影響がないものとすべきであるから出訴期間は配達の日から起算されるべきである』と判示された点には服し難い。

二、所得税法第四九条第六項により為された審査決定通知書が郵便送達に付された場合その効力に関し民法第九七条が準用されることについては異論がない。

三、民法第九七条の相手方は本件の場合上告人矢田樟次であり本条によると同人に通知書が到達した場合に意思表示は其の効力を生ずることなるのであるがこれをどこまでも貫くときは却つて不便な場合も生じて来る。そこで発信人保護という見地から意思表示の通知が相手方に了知し得る状態に置かれた場合は其の効力が生ずるとなすがよいとする説が生じ判令もなる。しかし乍ら何等かの条件により其の通知が相手方に到達し或は了知されることを前提としたものが大部分であり、了知し得る状態におかれたものは何等かの事情により其の通知を知らなかつたとしてもその通知の到達による効力に影響がないとする如き極端な主張は寡聞にして初めてである。若しあったとしてもそれは小数説であり一般に通用するものではないと信ずる。何となればそれは発信者の保護厚きに過ぎ受者にとつて苛酷であり公平の原則に反するからである。

四、この点原審は民法第九七条の解釈を誤つて適用したものであり、尚上告人は原審に於て通知が住居に配達されたものでなく又使用人が受取つたものでもない点を主張し証拠調を申請したが排斥されている。それで之を肯定した理由を示すべきであると信ずる。

(理由の不備)の二

一、国税徴収法第一六六条及第一六九条の規定を以て租税債務の不存在を理由として滞納処分の瑕疵の主張を許す規定と解することはできないと判示するが此の点につき其の理由が示されていない。

二、国税徴収法第一六六条には国税の賦課若しくは徴収に関する処分又は滞納処分に関し異議ある者はその処分にかかる通知を受けた日から一カ月以内に再調査の請求が出来ると規定し異議の範囲に制限を設けていない。

而、豊島税務署長に対する訴は、再調査請求により取消を求めた処分についてその取消を求める訴である限り実体関係についても審理を求め得るものと解すべきである。

以上

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